『鐘が鳴ると何かを思い出す』での印刷メイキング

Text:
浦川彰太

2月1日から開催している小幡彩貴さんによる個展「鐘が鳴ると何かを思い出す」では、山梨県内で鳴るチャイム(防災無線)を題材とした展示です。「鐘がなっているときに、あなたは何をしていますか?」というアンケートの結果をもとに、その中から16点を絵に描き起こしていただいてます。

コンセプトだけでも十分楽しめるのですが、もう一つの特徴としては、印刷方法を5つほど試しました。このトライアルは、作品を見る方に宿る潜在的な情景や記憶を(絵の内容と印刷方法を通して)意識化することが目的です。
一見すると同じように引かれている小幡彩貴さんの線も、印刷方法によって印象が変わります。「なんか違うなぁ」くらいの感想で問題ありません。今回は、その「なんか」をわかりやすく説明するメイキング記事となります。ご来場いただいた皆様の鑑賞ガイドとしてお役たていただければ幸いです。

    ※「原画」「イラストレーション」「複製・再現性」「インク」「紙」あたりの内容については、より複雑になるので今回は触れていません。

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【①活版印刷(Letterpress printing)】

活版印刷とは、「活」字と呼ばれる凸型の文字の型を組んで並べた「版」を用意し、それに塗料を塗って紙へ転写する印刷方法です。はじまりは木製で文字を一つずつ作っていましたが、のちに金属製となり、今は銅や亜鉛版を用いた金属板や樹脂版といった1枚の板に仕上げて印刷することがほとんどです。
今回展示を広報するDMは、この活版印刷です。
今回印刷をご依頼したハグルマさんのサイトでは、以下のような説明書きがされていました。
『活版印刷(レタープレス)は、凸の版を使い圧をかけて紙にインクを転写するハンコやスタンプのような原始的な印刷方法です。オフセット印刷のようにシャープに仕上がるのではなく、紙の凹みとインクの滲み(にじみ)具合にアナログさが感じられます。』

【②シルクスクリーン印刷(Silk screen printing)】

シルクスクリーンはメッシュ状の版にインクを乗せて、1色分ずつ細かな穴からインクを押し出す印刷方法です。
印刷の特徴としては、他の印刷方式に比べるとインクの盛り方が格段に厚くなり、ボリューム感のある印刷ができます。また、印刷するものの形状にあまりとらわれず印刷できるため、Tシャツやトートバッグなど私たちの身の回りでもさまざまな場面で利用されています。

今回展示しているシルク作品は3点。車内で待ちぼうけしている「I’m in the car.」という作品は、同じ版でありながら異なるインクを使用しています。

甲府の方にはお馴染みの某スーパーマーケットを想起させる「スーパーマーケットの5時」という作品では、鮮やかなグラデーションが目をひきます。グラデーションの境目は版の上でインクのムラがなくなるまで混ぜてつくります。そのため、一点ごとグラデーションの幅が微妙に異なります。手刷りならではの表情をぜひ確認してみてください。

今回のシルクスクリーン作品はグラフィックユニットZon Shangさんによるハンドプリント制作。彼らが普段制作している複製作品もめためたにかっこいいのでインスタをチェック!

【③リトグラフ印刷(Lithographic printing)】

リトグラフとは、水と油の反発作用によってインクが付着する部分を区分して行なう平版印刷方法です。版面に付いたインクをいちど転写(offset)してから印刷するため「オフセット印刷」とも呼ばれています。

今回は東京は町田にある版画工房カワラボ!さんを訪ねて、技術指導をいただきながら平版自動校正機を利用しました。製版するためにフィルムを用いるのですが、今回そのフィルムに作家の小幡さんが直接ペイントして仕上げています。

このペイントしたフィルムを感光して版に仕立てていくのですが、とても微妙な調整が繰り返し行われています。リトグラフに限らない話ですが、印刷物は完成形に持っていくまでに何度も出力して確認するという作業が発生するため、ときに専門技術(知識)が求められます。
故に完成形が想像できず、見当違いな意見や質問を投げかけてしまいましたが、カワラボの河原さん、平川さん、スタッフの皆様は丁寧にレクチャーいただきました。本当にありがとうございました。

【④ジークレー印刷(Giclee printing)】

ジークレーとはフランス語で「吹きつけて色をつける」という意味で、シルクスクリーンやリトグラフとは異なり版を使わずに擦り上げる高性能なインクジェット印刷方法です。従来の版画複製とは別次元の高細密な原画再生が可能になりました。大きな特徴はCG作品といったデジタルデータの出力に対応していることが挙げられます。
今回は東京は清澄白河にある印刷会社「徳川印刷」さんにご依頼しました。

【⑤リソグラフ印刷(Risograph Printing)】

リソグラフとは、シルクスクリーン印刷やガリ版と同じ原理を元にしたデジタル印刷です。 スクリーン状の版に微細な「あな(孔)」を開けて、そこからインクを用紙に押し出す印刷方法です。 呼称の「RISO(GRAPH)」は理想科学工業の登録商標です。
名前の似ている「リト」グラフと混合しがちなリソグラフですが、違いをひとつあげるなら版の種類ではないでしょうか。リソグラフは孔版(メッシュ状)なのに対して、リトは平版(転写)です。

今回は荻窪にある中野活版印刷店さんにて印刷をしました。試し刷りしながら刷り重なる面を調整したり濃度を調整しながら、無事に4つの作品が完成しました。
(中野活版印刷店は2024年5月に岩手県遠野に移転とのこと)

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各印刷方法についてはここまでとなります。正直、テキストだと全然わかんない!という方は、コニカミノルタのサイトに、モーション付きで分かりやすい印刷説明がありますので、ぜひご参照ください。
https://www.npt-print.co.jp/print11.html

会場では上記で説明した5つの印刷方法に合わせて原画も飾られています。どれが良いとか優れているという話ではなく、それぞれの印刷方法に無限の可能性が広がっていると思っています。インクの盛り、紙の目・質感、印圧のくぼみ、紙への定着・・・
私たちが物として手に取ることのできる存在性からは、そこに記される意味以上のチャネルがあるのではないでしょうか。

最後に、Webサイトや映像コンテンツの制作を生業とするVEJが本企画を実施いただいたことに感謝いたします。

展示詳細

日時

2024年2月1日~2月24日の木~土
13:00-19:00

料金

入場無料・予約不要

場所

文化沼
〒400-0032 山梨県甲府市中央1-7-14パリスビル2F

主催・問い合わせ

文化沼